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ご報告です

大腸がんからの肝転移の末、入院中であった義父が先日亡くなりました

最期の1週間は、救急車でホスピスに転院させていただき、コロナ禍ではありましたが、親戚や昔からの友人にお見舞いに来ていただくことができました。

 

ホスピスに移ったその日に担当になった先生から

「肝臓のがんが進んでいることで、腎臓の機能も落ちてしまっているようです。

カリウムが異常な数値でいつ心臓が止まってもおかしくない状態になっています。

言いにくいですが・・・今日、明日のことになるかもしれません」

と衝撃的な報告を受けました。

ホスピスでしばらくはゆっくり過ごせるのかと思っていたのに・・・

 

それでもいろんな人がお見舞いに来てくれて、頑張って1週間生きてくれました。

痛み止めが効いているので意識は朦朧としていることもありましたが、来てくれている人の名前を呼んだり、歌を歌ったりとそれなりに反応はありました。

 

亡くなった当日は妹さんが来てくれていたのですが、まだ頑張っているねと話して帰られた後、急にチアノーゼが出てそこから呼吸が落ちていったそうです。

連絡をもらって急いで向かいましたが、私たちは少し遠い場所に住んでいるので到着に1時間以上かかり、お義父さんの最期には間に合いませんでした。

看護師さんのお話では、連絡のあった10分後にはもう呼吸は止まっていたそうです。

妹さんは「もう少し居たら良かった」と嘆かれていましたが、それだけは誰にもわからないので仕方ないですよね・・・

 

入院説明時に「みなさんが揃われるまでもたせますね」と言われていたのですが、

ホスピスという所は延命をする所ではないのでモニターも付けておらず、本人の様子から酸素も付けなかったので(どうやってもたせるの?)と思っていたのですが、意味が違いました。

みんな揃ったところで先生が来られ、死亡確認をされました。

そういうことなんですね・・・

 

5歳の息子も事情をしっかり受け止め、涙が止まりませんでした。

パーキンソン病の母に限っては、あまりに突然のことで15分ほど理解できず、

「はよ起きんか、おじいさん!みんな来とんやから」と体をゆすり、起こそうとしていました。

わかっていての行動かとしばらく見ていたのですがどうも本気のようなので、亡くなっていることを伝えました。

余計に悲しいですよね、こういうの・・・

 

最期の時に誰も居なかったのは寂しいことですが、1週間の間にみんなに会えたことだけが救いです。

とても穏やかな顔をしていて、痛みなく苦しみなくお空に行けたのかな・・・と少しほっとしました。

 

がん発覚から10か月。

早すぎます・・・

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